NHK朝ドラ「虎に翼」も、もうそろそろ終わる頃となりましたが、
米津玄師さんが歌う主題歌「さよーならまたいつか」の歌詞の意味が
わからなかったので
私なりに考察してみました!
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さよーならまたいつか歌詞の意味を考察!虎に翼・米津玄師からも解釈⓵そのままの歌詞を米津玄師風に直訳考察
「さよーならまたいつか」直訳
●春夏秋冬・・と、あまり季節のこともわからず、季節の移り変わりにも
関心などもなく、気が付くと、大人になっていた・・
→春という、景色的には、桜満開、お花見など、「春!」をあまり意識せず、何だか、
小さい頃は、印象も残らず
もしかして、ぼーっと生きてきたのか、それとも、若いので、何かに打ち込んで
一生懸命学生生活を送ってきたら、景色を見ても感動もなく、いつの間にか大人になっていた・・
今、大人になって
改めて、「春」を、立ち止まり、じっくり感じているのかもしれませんね。
時間の流れも気にせず、大人になるまであっという間で、
あまり、「春」というものを、気にせず生きてきた青春時代だったかもしれません。
●そして、ふと、見上げた空には、ツバメが飛んでいました。
そのツバメの様子が、まるで、何知らぬ顔で飛んでいるようでした。
→梅雨前なのでしょうか・・春が過ぎて、あっという間に、時、季節は過ぎて、
ツバメが飛ぶ季節となりました。
季節がめぐるのも時がめぐるのも一瞬のようです。
●ツバメが気のない顔で、何でもない顔で、
(翼を持っているので)たやすくスイスイと飛んでいます。
私達、人間には、ツバメのように、どこでも行ける「自由さ」、空を飛ぶことなんて出来ません。
人間にはとうてい出来ない、凄い能力を持っていて、うらやましいな~。
何だか、自分の無能さが、色々な出来事と重なってしまい、悲しくなるばかりでした。
でも、落ち込んで、へこんで泣いて、悲しんで、
諦めもついて、「まあ、仕方ないよな、まあ~、いいや」と、
何だか、ちょっぴり、なげやりになるけど、開き直りもするのでした。
●まあ、心配しないでいいよな、100年ぐらいたつともしかして、
人間も飛べるように未来は凄いことになっているよ、きっとと思うのでした。
(ツバメよ見とけよ、人間だって凄いんだぞ、俺だって、もしかして、きっとやってやるぞ)
●いつの間にか、時は経ち、花が落ちる秋から、冬へと、季節が移り変わりました。
→ここでも、時が経つのがとても早いと感じているようですね。
●誰かと恋に落ちては、失恋して、そして、離れ離れになる。
もう、俺って、何なんだよ。なげやりになって空につばをはいちゃうよ。
ツバメにはかなわねえよな・・
→もしかして、ふられた彼女は、自由で、
とうてい恋のかなわない、凄い女性だったかもしれませんね。
それは、失恋したかもしれないし、相手の恋敵に例えているかもしれませんね。
●羽を広げて、どこまでも飛んで行ってくれ、応援してるよ、100年くらい経てば
俺も、あなたみたいになれるかもしれない。覚えていてくれるかな。
また、恋敵にも勝てるようなかっこいい俺になっているかもしれないよな。・・
・・まあ、そんなことどうでもいいか、さよーなら、またきっといつか会えるといいな。
愛する人よ、未来の俺、未来の俺に関係する人々よ。
強い決意が現れている反面、しかし、それは、それで、
少したんたんと、冷静に言っているようにも思えます。
※あくまでもこの歌詞の意味は、私の解釈です。ご了承下さいませ。
さよーならまたいつか歌詞の意味を考察!虎に翼・米津玄師からも解釈②「虎に翼」故事からの歌詞意味
●「虎に翼」の故事の意味は・・
もともと強いものが、さらに強力な力を得ること。
らしいです。
しかし、もともと強いものに、さらに力がつくと、手に負えなくなるから、気をつけよう・・
という、意味も込められている、中国の書物もあるようです。
●「虎に翼」の故事を、
虎=自分 翼=ツバメ
として、歌詞の意味を考えてみました。
・・虎は、春という季節も何もわからず、いつのまにか、檻の中で、大人になっていました。
虎自体、強い動物で、自分(虎)も自分はとても強い!と思っていました。
しかし、ふと空を見上げると、ツバメが悠々と素知らぬ顔で、飛んでいるではありませんか。
自分(虎)には、翼がなく、自由がない。
しかし、「見てろよ、ツバメよ、もしかして、100年先未来には、虎(自分)にも、羽が出来て、
もしかして、はばたく日がくるかもしれない。まあ、100年先まで、みてろよツバメよ、
さよーなら、またいつか会おうぜ。」と、強い決意の表れが出ているように感じます。
・・虎に、翼がつくと、動物がどんどん、食い殺されるかもしれませんので、それはそれで、
気持ちは、反骨精神で、生きれる範囲で、精一杯、生きていきましょう・・
もともと強い、牙をもつ力ある虎がもっと、力を持つと、
もしかして、破滅的なものもあるかもしれませんね。
※もし虎が人間だったら、力を持ったら持ったで、賢く、謙虚さも必要になりますね。
私なりに、歌詞の意味を解釈してみました。
さよーならまたいつか歌詞の意味を考察!虎に翼・米津玄師からも解釈③「虎に翼」朝ドラ内容からの歌詞意味考察
●虎は、主人公寅子(ともこ)
翼は、法律
・・寅子は頭が良く、女性最初の弁護士、裁判官になりました。
なので、その経歴から、まさに、もともと、賢い主人公の女性が、
男性社会に、女性も参入するという、最初の道を作るために、
猛勉強をして、法律を学び、
翼という、女性が社会でいきていく最強の矛と盾を持ったことになりました。
虎子は学生時代は、春の季節もそんなに意識せず、一生懸命勉強に励み、
気が付くと大人になっていました。
(また、もう一つ、気が付くと、自分の知らない手の届かない法律?!がもう存在していて、
バタバタと時は経っていきました・・とも言えるかもしれませんね・・・)
●見上げると、まだまだ、ツバメのようにはいかない、不自由さがたくさんありました。
恋愛をして、恋をしたけれど、戦争という時代背景に、愛する相手とは、
離れ離れになってしまいました。
●しかし、悲しんでばかりはいられないと、子供を育てながら、
また仕事復帰します。さらに、弁護士から裁判官になり、その、翼は強くなりました。
●100年先の法律は、もっとよくなっているであろうか・・
女性にとっても、社会的地位も自由になり、寅子のなし得たことは、
血のにじむようなことでしょうが、きっと、100年経った時には、それは、確立し、
女性の社会的立場にも、礎が出来て、記憶に残ることでしょう。(実際、今があります。)
さよーならまたいつか歌詞の意味を考察!虎に翼④音楽と合わせた歌詞の意味考察
米津玄師さんの死生観のある歌詞の内容とは、うらはらに、
音楽の曲調は、明るく、たんたんとしています。
曲の途中には、少し、短調が出てきますが、そこの部分は、
迷ってうちひしがれては、立ち直り、うちひしがれては、立ち直りのような、コード進行が出てきます。
そこは、やはり、米津玄師さんの、少し、「くっそ~、ま、仕方ねえな」・・みたいな、
生きるって、そういうことだよね、生きていれば、仕方ないよね、、とわかっているよ、
そうなると少し予感がしてたんだ・・というような、怒りの後に、冷静になり、少し諦め感もあり、
それは、強烈な「動」の言葉のあと、
肩の力の抜けた「静」悟りの言葉のようにも思えます。
色に例えると、激しい「赤」のあとに、すぐ冷たい「青」が出てくる感じなのです。
なので、ある意味、かっこいいこの米津玄師さんの、生きていく上での自分なりの言葉、
生きていく上での覚悟の言葉、歌詞とも思えました。
私も、この歌詞を自分の応援歌の1つにしようかなと思うようになりました(笑)
・・ということで、自分なりに、米津玄師さんの作った「さよーならまたいつか」の
歌詞の意味を解釈してみました。
~ピアノ弾いてみた!おまけ~歌詞の意味を理解しながら?!ちょっと弾いてみました!
※ユーチューブ元:わくわくルンルン
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